厳格な身分制度の背景

2011年9月10日

「政を為すに徳をもってす」、孔子の言葉で、儒教の道徳観を良く表しています。
それに対して「上徳は為す無く、而うして以って為す無し」と言ったのは老子。

韓国の歴史ドラマを観ていると、身分の違いにすごく厳しいな、と思うものと、それほどでもない、と思うもの、両方あります。前者には例えば「チャングムの誓い」「ホジュン」「王と妃」「王と私」「イ・サン」「済衆院」「推奴」などがあり、後者に「朱蒙」「テジョヨン」「薯童謡」「善徳女王」などがあります。
両者の境目は、李氏朝鮮時代かどうか、です。

李氏朝鮮時代(1392~1910)はそれまで仏教国だった半島に儒教支配を徹底した時代でした。

アジアを広く見渡すと、朝鮮半島は李氏朝鮮時代、中国は12世紀の宋時代、儒教の最新版とも言うべき朱子学の登場よりそれまで影響力のあった仏教は大きく衰退し、儒教国となってゆきます。ちなみに中国は道教的下地もありつつやはり儒教が主役になってきた。
一方、南アジアではタイやミャンマーなど、インド本来の仏教が色濃く残る国々が多いですね。
我が日本は仏教と儒教の並存国家であるといわれ、実はとても多彩です。皇室を中心としてまず神道があり、そして平安以降仏教が幅広く根付き、江戸時代には朱子学も伝来し武士道などに影響、道教の柱である老子や荘子も研究され(夏目漱石など)、それらが見事共存。唯一つに塗りつぶさないこの柔軟さを、私は誇りに思います。

ここで孔子と老子について、少しばかり語らせて頂きたく思います。
儒教は、東北アジアに影響をもち、特に朱子学が登場してから、中国、朝鮮、日本に伝わり、各国の文化基礎を固めるのに大きな役割を果たしました。

儒家の柱である孔子は、仁義礼智信、それに忠や孝など、人の内面を明確に切分け、礼節を重んじ、
上のものは徳高くあれば下は自ずと治まる「為政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之」、と説きます。
この徳治あるいは人治についての是非は、ここでは言わないといたしまして・・
歴史をみると、儒教的政治理念で国家基礎は大いに固まった、という良い側面があります。
しかし同時に、権力主義者に固執され悪用されて、弱者の圧迫につながった、という好ましくない側面もあります。

儒家の特色でもある、人をカチッと色分けして高潔さを求める、ここに矛盾を感じ、指摘しつつ、考えを展開したのが、老子。「人間を計る物差し」が、老子が孔子を否定する大きな要素です。
人間はそんなに判り易い存在ではない、思うように従わない人もいるし、礼儀、あるいは身分で切り分けると見落とすものがあるんじゃない?儒教でいう低い身分に該当する女性について、万物の根源、と評し、他にも赤子とか水とかを理想の形と説く。徳高い人は徳高いようにわざわざ見せようとしない「上徳無為、而無以為」とか、治めようとしていない統治こそ最も治まっている「太上下知有之」とする。

私は、孔子、老子、どちらも素晴らしいと思います。「論語」や「老子」、読む価値あります。そしてよく言われることですが、傾倒しすぎるとマイナス面が表れます。歴史を振り返れば、ある一つの考えが良いからといって、それを絶対化してしまうと、反対勢力を一掃したり、独裁構造を招いたり、と矛盾がつきもの。これは儒教圏だけではありませんが、アジアの時代劇に見られる独裁者の姿からそんな背景を感じたのでした。

実は老子は、「一つの教えこそ絶対、という姿勢こそ不自然である」、とも解釈できる「道可道、非常道」、と言っています。この懐の深さは大いに意味があると思います。

儒教から孔子、そして老子まで、話が飛躍してしまいました。すみません。

最近作られている韓国時代劇は、白丁(済衆院など)や奴婢(推奴など)を扱うなど、激烈な身分差別に対しての問いかけを持つ作品が多く見られます。素晴らしい事ですね。

(参考文献、加地伸行「沈黙の宗教―儒教 (ちくまライブラリー)」、「老子の世界」)

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